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鶏鳴学園(けいめい学園)

〒113-0034
東京都文京区湯島1-3-6 Uビル7F
TEL:03-3818-7405
  (留守電対応の場合あり)
FAX:03-3818-7958

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合格者の声

卒業生の声を紹介

2018年 合格者の声

Y・T君(本郷)……一橋(経済)、慶応(経済・商)、早稲田(商)

春に初めて現国の授業を受けた時、「対」と「言い換え」と「媒介」の三つの論理でテキストを読んでいくという方法を聞き、まさに自分が今欲しているものだと思った。今まで通って来たすべての予備校での授業は、設問に対する解説だけであって、これまでろくに本など読んでこなかった自分には不十分であり、何度やっても成績は伸びなかった。つまり、もっと根本的な問題である、「テキストの読み方」が分からなかったのだが、それこそ、KMの三つの論理であった。それをずっと復習していくと、5月の模試で偏差値が60を超えた。この成功体験はとても自信になり、その後も波はありつつもだんだん成績が安定するようになった。さらにこの三つの論理は、現国だけでなく、全科目、さらには日常生活にも適用できるものだと気づき始めた。ものをどのように考えるかということのヒントになるのだと気づいた。

ゼミ形式の授業もとても魅力的だった。初回の授業でいきなり「1分間スピーチ」をした時、自分は勉強の話というありきたりなスピーチしかできなかったが、周囲の人は、それぞれ個性的な経験を詳細に話していて、とても刺激を受けた。失敗を恐れずに発言しようと思い始めたのは、中井先生がどんな意見でも理解しようとしてくれ、すべてを受け止めてくださったからだ。だから、厳しい指導が入ることがあっても、自分の反省点として前向きに受け止めることができた。

一方、古典の授業では、毎回きちっと整理されたレジュメが配られ、解説にあいまいな部分がひとつもなく、復習すればするほど成績が伸びることが実感できた。特に、「助詞力」は気に入りました。

鶏鳴のテキストは内容的にも深く考えさせられるものであり、特に「三大媒介」は多くのテキストに現れ、また身近にもあるものだった。

それから、直前期の松永先生の一橋対策三回の授業は、民主主義の話など、非常にためになり、最後の一週間は先生の要約答案をひたすら写していました。

最後に、僕の浪人生活を実りあるものにしてくれたのは、(駿台ではなく)KMです。再び大きな壁にぶち当たった時にはKMに相談するかもしれません。一年間本当にありがとうございました。

 

T・K君(高卒認定)……東大(文Ⅰ)

鶏鳴では、現国の力だけでなく、文章の内容に対する意見を持てるようになった。特に、「立体的構成」を考えると、あっさり解ける問題が多かった。古典でも、「直訳・直前直後・テーマ」を意識して解くとたいてい解けることが分かった。なお、鶏鳴の「ノリナガ(古文)・ホクト(漢文)」は、今まで見た中で最も使いやすい参考書だった。最後に、ケイメイは少人数制なので、大手の予備校とは違い、個人の意見を問われることで、自分の長所短所がはっきり分かった。クラスのメンバーとも仲良くなりやすい。

T・Sさん(東洋英和)……慶応(文)、上智(法)

鶏鳴の現国の授業では、自分が担当者になると、レジュメを作るので、それがとても緊張しましたが、その分、考える力がついたと思うし、緊張感のある授業のおかげで集中して臨めました。また、文章を読む上で、「対」「言い換え」「媒介」という三つの読み方を知ることができたのが本当に良かったです。「が」「も」といった一文字に注意して読むだけで、論理的に考えられるというのが驚きでした。このような読み方、考え方は鶏鳴に通っていなければ一生知ることはなかったと思うし、文章を読む力は今度ずっと必要になると思うので、これを学べてよかったです。授業を受けたあとはひたすら復習あるのみなので、私は3日に1回は復習をしていました。そのおかげで文章を読むこと自体に抵抗がなくなり、内容の難しい文章でも、自信をもって形式的に読めるようになったと思います。上智を受けた時、英語も日本史もあまり手ごたえがなく、これはダメかも知れないと思っていましたが、先生のおっしゃっていた通り、気持ちを切り換え、自信をもって国語に臨んだところ、結果合格できたのだと思います。国語はすべての基になっていると思いました。

古典の松永先生の授業はとてもシンプルで分かりやすかったです。解き方が、「直訳」「直前直後」「テーマ」の三つに一貫しており、どんな問題もこの三つの解き方を使えば解けるので、ほんとうに最初は驚きで、最初はなかなか意識できませんでしたが、とにかく復習あるのみでやっているうちに身につきました。また、覚える知識も最低限で助かりました。漢文では「SVO」で考えるその考え方がとってもわかりやすくて良かったし、何より授業が楽しかったです。試験会場では周りの受験生はみな古典単語の本を見ていましたが、私はレジュメの復習をしていました。

小論文については、私は鶏鳴で習うまでは小論とは何を書くのかすら分かっていませんでしたが、講習を受けていくうちに、ただ偉そうに自分の意見を述べるのではなく、課題文の中にある対立点などを、いかに自分の経験の中に見出せるかが大切なのだと分かっていきました。小論では合格点をもらえるまで何回も書き直しを先生に提出するのですが、おかげでだんだんと自分で考える力がついたと思います。慶応文学部の本番では、鶏鳴でやった「権力」がテーマの文だったので、とまどうことなく書けました。

そういえば高2の時の授業でやった、新聞記事を分析する授業のことも、とても印象に残っています。記事の意見が「どの視点からの意見か」を考えるのは難しかったけれども、今後も忘れないようにしておきたいです。

鶏鳴の授業は毎回、なんども当てられて自分の意見を言うので、緊張感はありますが、クラスのみんなの意見を聞けて面白いし、笑いもあり、とても楽しく、貴重な経験でした。そんな鶏鳴の友達と会うのは毎週楽しみで、直前講習の時まで励まし合える仲間でした。

 

N・Oさん(品川女子学院)……早稲田(法)、明治(法)など

「国語は内容を読んで解くもの、内容が分からなかったらフィーリング」という定番の固定概念を持っていた私は完全に国語で行き詰っていました。そこで出会ったのが鶏鳴学園でした。鶏鳴の説明会で「文章の内容を全く読まずに問題を解く方法がある」と聞いた時は正直疑いました。しかし、実際に鶏鳴に入ってみると、毎回目から鱗で、なぜ今までこんなに単純な真理を学校で教えてくれなかったのかと不思議に思いました。その単純な真理とは、「対」と「言い換え」と「媒介」というもので、これさえ理解していれば、現代文、古文、漢文に関わらず(英語でも)、全ての文章を読む上で役立ちました。

また、古典単語をむやみやたらと覚える必要は全くなく、最低限の単語のみで十分に古文、漢文は読めるという松永先生のお言葉に最初は驚きましたが、授業の回数を重ねるごとに全くその通りだなと思うようになりました。全ての文章が対と言い換えで読めてしまうということを学んだ後は、たとえ知らない単語に突き当たっても、その単語の言い換えが必ず近くに書かれているはず…という、鶏鳴に入る前では考えられないような論理的な思考を身に付けることができました。

 入試本番でも鶏鳴式が効果覿面でした。答えは必ず傍線部の直前直後にあるという鶏鳴式の思考法を身につけていたので、一見とても難しく見える問題でも、「傍線部の隣に答えあるじゃん!こんな簡単でいいの!?」と逆に心配になってしまうほど簡単に解くことができました。鶏鳴では、受験勉強だけではなく、人生論も教わりました。問題意識を持って生きる、という中井先生の言葉は、私の人生の指針になると思っています。また、松永先生は日本語の豆知識などを授業の合間に話してくださり、とても興味深い授業で毎週が楽しみでした。鶏鳴とのご縁に感謝しています。本当にありがとうございました。

 

Y・Eさん(光塩)……東京芸大(芸術学)、上智(文)、ICUなど

ケイメイの現国は「対」「言い換え」「媒介」によって文章が成り立っているということを常に意識する授業で、入塾当初、文章を読むことに強い抵抗をもっていた私でも「国語の」授業についていけることがうれしかったことを今でも覚えています。高2の授業では、新聞記事や読書を通じて、難民問題について考える中で、自分の興味関心が何かを深く考える機会が与えられました。私にとって鶏鳴で過ごした二年間は、自分とは何かをじっくり考える上でとても良かったです。特に中井先生のおっしゃった、「弁護士になるために法学部である必要はなく、医学部でも工学部でも、自分の専門分野が必要だ」という話は、大学への進学を考えるにあたり、子ことに深く刻まれました。鶏鳴の現国は人生の学校です。

一方、ケイメイの古典は、学校でたたきこまれた(意味不明な)解説がどれほど役に立たないものなのかを実感する授業でした。もちろんある程度の知識は必要(鶏鳴のノリナガ、ホクト)ですが、とにかく「直訳・直前直後・テーマ」の論理が大切、そして、「助詞」に注意するという、簡単なようで難しい授業であり、実際、自分でもその方法で正解すると、正直、おどろきました。

私は高2で入塾した時から、火曜クラスのメンバーがほどんと変わらなかったため、鶏鳴のクラスが第二の学校となっていました。(学校よりも居心地がよい。)みなが自分のことを包み隠さず話していることで、私も自分のことを偽りなく語れ、それに対して意見が言い合える、そんなクラスがよかったです。11~12月にかけては、どんなに落ち込んでいても、やる気をなくしていても、鶏鳴だけは休まない!と思って実行したことで、毎週気持ちをリセットできました。

T・M君(筑駒)……学芸大(A類社会)、慶應(経)など

鶏鳴の現国では、『対』と『言い換え』“のみ”で問題が論理的に解けると言っている。最初は「そんなバカな」と思っていたが、いざやってみるとどうだろう。確かにこの二つだけで知識以外のほとんどの問題をカバーできる。しかも、この解き方は国立・私大・センターすべての形式に対応できるのだ。これまでフィーリングで解いていて「国語なんて人によって解釈が違うんだから答えを見てもしょうがないし、まして人に教わるとか金の無駄でしょ」と思っていた自分も、この解き方を学ぶことで、国語の答えは一つに定まるのだなということを実感した。また鶏鳴で配られる回答解説のプリントに、なぜその答えになるのかの理由が明確に示されていることも、問題の解き方を学ぶ上で非常に役に立った。

先生はちょっと(だいぶ?)変わった人で、“バカ”とか“全然ダメ”とか世間的には尖った言葉を結構連呼しまくるが、それに屈してはいけない。それを罵倒だと受け取って塾を変えてしまうのも一つの手ではあるが、そんなもったいないことはない。ありきたりなことを言うと、そんな言葉の中にも先生の愛が含まれているのだし(うーん本当に含まれているのかなぁ(笑))、暴言を聞くのも慣れてくると結構楽しいものである。パッとこの文章を読んだだけでは最低の塾に思われるかもしれないが、それならなぜこんなに人気で生徒たちは塾に通い続けているのか?それはやはり、現国の成績向上が自分でも驚くくらいに実感できるからであろう。

鶏鳴の古漢も、原理は現国と一緒である。古文の助動詞や漢文特有の漢字をいくつか覚えれば、あとは『対』と『言い換え』でほとんどの問題が解けてしまう。よく「古文を学ぶことは古文単語を覚えることだ」と思っている人がいるが、それは間違いである。いくら古い時代の文章とは言っても、国語は国語である。ちょっとした古語を現代語に変換するだけで、解き方は現国と変わらない。特に東大はこの点を重視している。自分は東大を受けたが、このやり方でそれほど苦労はしなかった。

ただ、そうはいっても単語も大事である。自分は単語をやらなさ過ぎたので、本番にデカい失敗をしてしまった。しかし、わざわざ単語帳を買う必要はない。鶏鳴が厳選した単語集があり、古漢合わせても200個あるかないかである。そう言われると覚えられそうな気がしてきませんか??(ちなみに自分もこれを覚えてれば失敗してませんでした)

先生は古漢だけでなく、現国や英語などをどのように学べばいいかや、勉強時間の設定の仕方も教えてくれます。勉強は学ぶ量ではなく“どう効率的に学ぶか”なので、それが自分の中で確立されてない人は、先生にアドバイスしてもらうといいと思います。

 

Y・Y君(ICU)……上智(教養・経済)、ICU(教養)

私にとって鶏鳴学園の現国で一番良かった点はとにかく勉強させられることです。私は昔から怠け癖があり塾に通わされても日常的に自分から勉強することは少なく、せいぜい渡された課題を深く考えずにこなすだけで、鶏鳴に入学してからも最初の内は自発的に勉強しようとはしませんでした。しかし鶏鳴では授業中に自分の答えの発表やテスト演習などちゃんと勉強していないと対応できないことが多く、適当に答えるとすぐにその点を指摘されるので嫌でも勉強させられます。また実際に自分から勉強しようとすると先生の解説プリントやレジュメなど自習用の教材が非常に豊富なので非常に効率よく勉強できました。

鶏鳴学園の古典の良かった点は非常に論理的なところです。私は鶏鳴に入る前まで古典は地理や歴史の様な暗記科目だと思っており、勉強と言ったらもっぱら単語や活用などを覚えるだけでした。しかし鶏鳴の古典は単語などの知識の暗記は最低限に抑え、直訳や前後の文脈から答えを導くというやり方で、最初は今までやってきた勉強との違いに戸惑いましたが、間違えても何処を間違えどのように改善すれば良いかがすぐに分かるので効率が良かったです。勉強方法もひたすら新しい問題を解いていくのではなく、同じ問題を繰り返し解くことで自身の進歩の度合いがわかるのでモチベーションの維持に繋がりました。

 

K・Aさん(豊島岡)……慶應(法・文)

私は三ヶ月ちょっとくらいしか在席してませんでしたが、鶏鳴のおかげで国語(現代文も古文漢文も)の苦手意識が消えて人並みに得点できるようになりました。漢文に関しては得意科目になりました。夏の慶應小論文の講習を受けたことはほんとに良かったと思います。正直夏の間は授業の予習復習はやりましたが、そのあと国立志望だったこともあり小論対策は前日まで全く時間がとれませんでした。しかし、試験の前日や当日に講習中に書いたことやプリントを必死に頭に叩き込んだおかげで本番ではかなり自信をもって書けました。合格もいただくことができました。本当にありがとうございました。

 

N・Kさん(東京女学館)……上智(総合人間科学)、立教(文)

講習の「基礎現国」の授業の初めに、「対・媒介・言い換え」の三つを意識すれば現国は解けると教わり、国語の嫌いな私でもできるのではないかと思いました。夏休みが明けた最初の鶏鳴の授業のテストでひどい点数を取ったのが悔しくて、入試前日まで欠かすことなく復習を続けました。直前講習では「立体的構成」が自分でわかるようになり、復習の成果が感じられました。試験会場で中井先生の手書きのプリントを見ると頭がすぐに鶏鳴式に切り替えられたし、ほっとしました!

古典では、「直・直・テーマ」に従って解くと、古文・漢文がシンプルに感じました。間違えた問題でも、松永先生の解説を聞けば納得できたし、自分でも出来そうだと思えました。問題を解いてすぐに解説をする授業のスタイルだと、自分の欠点が見つけられてよかったです。「直・直・テーマ」に出会っていなければ、数百コもの古文単語を死に物狂いで暗記していたかと思うとぞっとします。松永先生は勉強の相談に乗ってくださったり、私の興味のある分野の本を 紹介してくださり、お世話になりました。

鶏鳴は受験だけなく、進路や生き方についても教えてくれる塾でした。問題意識を持つ事がどれだけ大切かを教わり、自分で大学の教授に話をしにいったのはとても大きな経験でした。中井先生、松永先生、本当にありがとうございました。

S・Mさん(宇都宮女子)……明治(商・国際日本)、中央(法)

鶏鳴学園の現代文は今まで自分が教わってきた現国を覆すものでした。成績が安定しなかった私には、全ての問題に共通する解法「対・言い換え・媒介」「直前直後」を教わったとき、そのシンプルさに驚きました。様々な塾に頼ってきてイマイチ成績が伸びなかった私にとってこれは最後のチャンスだったので、先生の言うことを信じてひたすら授業の復習をしました。すると、夏休み明けから徐々に安定して点数を取れるようになり、最終的にはセンター試験の評論文が5、6割しか取れなかったのが8割取れるようになりました。まさか復習だけでこんなにできるようになるとは思っていなかったので、とても嬉しかったです。そこでついた自信が後期のやる気に繋がったので、あのとき先生を信じてよかったと心から思います。ありがとうございました。

古典では、現役生の頃はなんとなくで解いていましたが、浪人してから基礎の漏れや、古典をいかにいい加減に解いていたかを痛感しました。そんなとき、松永先生に「直直テーマ」を教えていただきました。はじめは半信半疑でしたが、授業を通してそれは全てに通用し、必要な知識は最低限でいいことを身をもって感じました。高校でのただ知識を叩き込むやり方では限界があることも実感しました。本番の試験中に、直直テーマで確信をもって答えられたときの快感は今でも鮮明に覚えています。また、先生の授業中の小話も古典に興味をもつような話が多く、おもしろかったです。ありがとうございました。

鶏鳴学園では現国・古典はもちろん、今後の人生で自分の核となる"問題意識"を持つことがいかに大切かを学びました。鶏鳴に通う前の自分と今の自分では明らかに意識がちがうと実感しています。去年鶏鳴に出会わずに、妥協して大学に行こうとしていた自分を想像すると本当に恐ろしいです。この1年間で、苦難や挫折に陥った時に自分で立ち直る力や自信も得ました。かけがえのないものです。鶏鳴学園に通って本当に本当によかったです。中井先生、松永先生、ありがとうございました。

 

Y・Uさん(東洋英和)……東京女子大(現代教養)

鶏鳴の現国は、授業中に自分の意見を詳しくきかれるので、自分の考えを整理することができました。また、先生やクラスの仲間たちと意見を交わすことで、自分の意見の問題点や、自分とは違う意見を知ることができる点が良かったです。たとえば、初めての授業で解いた、幸田文「おとうと」の解説は今でも頭に残っています。今までの自分のあやふやな解き方ではだめだと思ったのと同時に、論理的に解くことの楽しさを知りました。中井先生の授業では、授業中にどうつっこまれるのか、毎回一生懸命考えて授業にのぞみました。すると、毎回授業で驚きがあり、とても楽しい時間でした。

鶏鳴の古典は、今まで苦手だったのが、嘘みたいに楽しくなり、また驚くくらい模試での成績も上がりました。現国と同様、直前直後、テーマなどをおさえるだけで、こんなにも見方が変わるのかと思いました。

鶏鳴の授業では、雑談のように思われることでも、何もかも先生が話す物事すべてが新鮮で、驚きと発見に満ち溢れていました。